遅すぎた想い
スキー場で雪崩が起きたとき、私がいとこの吉岡美都に突き飛ばされた。
彼氏の阿久津巧は、私を忘れて美都を抱きかかえたまま、その場を去っていった。
雪の下に取り残された私は、谷底で一人、七日間も閉じ込められていた。
ようやく救出されたとき、彼は怒りをあらわにした。
「美都の腕が無事だったことを感謝するんだな。もし骨でも折れてたら、お前がここで死んで詫びるしかなかったんだ!」
「結婚式は一週間後に中止。自分の非を認めたときにでも、改めて話をしよう」
彼は、私が泣きながらすがりついて、結婚を懇願すると思っていた。
けれど私は静かにうなずいた。「わかった」
彼は知らなかった。私は山の「月の女神」と取引をしたことを。あと六日で、私の中で一番大切なもの、巧への愛と記憶を差し出すことになっている。
彼のすべてを忘れて、新しい土地で人生をやり直す。
もう結婚なんて、どうでもよかった。
あの雪山で、彼を愛していた川崎真里は、もう死んでしまったのだから。